あの9・11事件からもう17年に

なるんですね。

 

その年に生まれた子も

あと1年ちょっとで大学生

時の流れを感じる管理人の

ハバネロですこんちは!

 

9月11日の世界仰天ニュースでは

9・11事件のこともあってか

当時の被害者と加害者の母親

の奇跡の友情物語を放送する

ようです。

 

もっとも、加害者と書かせて

いただいたが、その母親として

は今も息子の無罪を信じて

いるようです。

 

9・11事件の20番目のテロリスト

もしくは20番目のハイジャッカー

として知られていた

 

ザカリアス・ムサウイ被告の母

アイチャ・エルワフィさんと

9・11で息子を亡くしたフィリス

ロドリゲスさんの加害者被害者

の垣根をこえた友情の話。

どういった内容になるのか

非常にたのしみであります。

 

ここでは、登場人物の

アイチャ・エルワフィさんについて

ちょっと調べてみたいと思います。

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20番目のテロリストの母親、アイチャ・エルワフィ
の経歴は?

ザカリアス容疑者の母親

アイチャ・エルワフィさんは

モロッコの生まれで現在は

恐らく71歳くらいとおもいます。

 

2003年の外国の記事のインタビュー

に出ていた時に56歳でした。

 

彼女は離婚経験があり

フランスに50年以上すんで

います。

 

職業はフランステレコムにつと

めていた経験がある女性です。

 

さらに昔の経歴をみると

14歳の時にモロッコで結婚

その5年後の19歳の時に

夫と2人の子供と一緒に

フランスへ移住してきた

そうです。

 

22歳になるまでにはさらに

2人の子供をもうけ、全部で

4人の子宝に恵まれます。

 

その子供の一番下の子が

今回の容疑者ザカリアス容疑者

だったのです。

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しかし、家庭環境は恵まれて

はいないようでした。

 

夫のDVに10年耐えた後に離婚

子供を一年ほど孤児院に預ける

等せざるを得なかった経歴も

あるようです。

 

先ほど、フランステレコムで

働いていたと書きましたがその

前には裁縫工場などで勤務して

いたそうです。

 

ザカリアス容疑者が12歳になる

頃にはドイツ国境当たりの地域

から南のナルボンヌへ移住

フランステレコムで清掃員

として働いていたそうです。

 

子供たちが成人していき

ザカリアス容疑者とも疎遠に

なった時期があるようです。

 

7年間ほど距離を置いていた

そうで、その間に息子に

なにがあったのか?

 

ザカリアス容疑者はイスラム過激派

の先兵としてチェチェンにいって

いたりしたそうです。

 

その流れで今回の911事件に

深く関わる事になります。

 

最終的にはザカリアス容疑者は

終身刑となり現在も服役中と

なっています。

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被害者の母親、フィリスロドリゲスの経歴は?

こちらについては詳しい

情報はあまりなかったですね。

 

2001年の事件当時、彼女の息子

のグレッグさんがノースタワー

の103階にいた事くらいしか

情報が出てきませんでした。

 

9.11事件の20番目のテロリスト加害者の母親と被害者の母親の友情とは?

 

 

こちらが友情対話の動画

二なるんですがフランス語

と英語ですので

ちょっと何言ってるか

管理人は解りません(;’∀’)

 

が、がっつり翻訳された

物がネットにありました!

 

今日 私たちがここにいる理由は 普通の方ならば 珍しいと思う友情を 築いているからです たしかに珍しいですが 今の私たちには 当然のように感じます

 

私の息子が ワールドトレードセンターにいたことを知ったのは 2001年9月11日の午前中でした 事件から36時間経つまで 息子の安否は わかりませんでした その時点でわかっていたのは これは政略的な事件であるということ 私たちはアメリカ政府が 私たち家族に代わって 何をするのか心配でした でも 息子が犠牲になり とてつもないほどの ショックを受け 文字通りの意味で 私たちの生活は爆破されましたが 復讐心はありませんでした それから数週間して ザカリアス・ムサウイが テロに関与したとされる6つの訴因で起訴されました アメリカ政府は有罪判決が下された場合 死刑を求刑しましたが 夫と私は反対であることを 公に述べました これがきっかけで また 人権団体を通して 私たちは 他の犠牲者の家族と会いました

 

アイーシャの息子が起訴されたとき テレビに出ている彼女を見て “なんて勇敢な女性なんでしょう 私も強くなれた時に彼女に会いたい” と思いました 当時はまだ深い悲しみに包まれ その気力がありませんでした でも いつか彼女とは 出会えると思っていました なぜなら 私の息子が犠牲になったことを周囲の人が知ったとき 私はすぐに同情されました でも 彼女の息子が 起訴されたと報道されたとき 彼女は同情されませんでした でも 私たちは同じくらい苦しんでいるのです

 

私たちは2002年11月に会いました アイーシャから その時のことを お話ししてもらいます

 

皆さま こんにちは ザカリアス・ムサウイの母です 私は ある人権団体にお願いをして 犠牲者の家族の方々と 連絡をとれるように 掛け合ってもらいました 人権団体は 合計5家族を 紹介してくれました その中にいたフィリスに目がとまりました グループの中で母親は 彼女だけでした 他の方々は 兄弟や姉妹の方たちでした 彼女の目から 彼女が私のように母親であることがわかりました 私は母親として つらい思いをたくさんしてきました 14歳のとき 結婚をしました 15歳のとき 一人目の子を亡くし 16歳のとき 二人目の子を亡くしました ですから ザカリアスのことは耐えられませんでした 私のつらい思いは消えていません なぜなら 私の息子は 生き埋めにされたようなものです 彼女が息子さんを失った悲しみで泣いたことは知っています でも 息子さんの居場所はわかります 私は 我が子の居場所がわかりません 生きているのか 拷問されているのか 何もわからないのです

 

それで 私自身の話をすることにしました 他の女性には 私の苦しみから何かを得てほしいのです すべての女性へ 命を生む母親たち皆へ伝えたいのは 人として社会に報いるのも 変化を起こすのも 私たち女性次第だということです なぜなら 私たちは女性であり 子どもたちを愛しているからです 手をつなぎ合って 共に何かをしなくてはいけません 女性に不利にはなりません 私たちのため 女性のため 子どもたちのためです 私は暴力やテロには反対です 学校に行って ムスリムの女の子たちに話をします 彼女らの意に反して 若いうちに結婚させられないようにするためです 一人でも若い女の子を救って 望まない結婚から逃れ 私が経験した苦しみを避けることが できればいいと思っています それをお伝えしに来ました

 

他の家族の方たちと共に 私たちが初めて会ったときから 私はアイーシャから たくさんのことを 学びました 初めての対面は警備がつき 人目を避けて行われました 2002年11月のことだったので 私たちは アメリカ国内の熱狂的な愛国心には 恐れを感じていました でも 私たちは まったく心が落ち着かず なぜ彼女が私たちに会いたいのかと思っていました 彼女も不安を感じていました 私たちが彼女に会いたい理由や お互いに対して何を望んでいるのか 思いが巡りました お互いの名前などを言う前に 私たちは抱擁をして 涙を流していました それから 皆で輪になって座りました このような和解を経験した人たちが 支援のために同席してくれました まず アイーシャが声を出し こう言いました “自分の息子が有罪なのか無罪なのか 私にはわかりません でも 皆さんの家族のことを思うと 胸がしめつけられる思いです 苦しみとは何かはわかっています 罪を犯した人は 公正に裁かれて 罰せられるべきだと思っています” 彼女はこのように接してきました それによって 緊張がほぐされたように感じました 私たちは それぞれの家族に起きたことを話し 人間として皆がつながりました 昼食をとって 3時間ほどのことでしたが その午後の終わりには 旧知の仲だったように感じました

 

私が彼女から学んだのは このような現状で 寛大でいることができる女性 というだけではなく これ以前のことや 彼女の息子に 何がされたのかということです でも 彼女が送ってきた人生は 私が知っている文化や 環境とは まったく異なり これほど辛い人生を送ってきた方は見たことがありません また 私たちは 特別なつながりがあると 感じています とても光栄です 私が思うのは 結局のところ 他者を恐れることがあっても アイーシャがしたように行動してみると “それほど難しくないわ” とか “自分とは違う立場にいる人と 他に誰と友達になれるかしら” と気づくのです

 

ねぇ アイーシャ 締めくくりに 伝えたいことはあるかしら もう時間がないわ

 

(笑い声)

 

私が言いたかったことは 他者を知る努力をしなくてはいけないということです 思いやりの心をもってください 寛大な心と気持ちを 持っていなくてはいけません 辛抱強くあってください 暴力を許してはいけません 誰もが平和で お互いを尊重しながら 暮らせる日が来ることを願っています これが私のメッセージです

引用元https://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20160910-00001136-ted

 

見てわかる通り、

息子を思う母の気持ちは同じである

という気持ちが伝わってきますね。

 

また、許し許される為には

相互理解の必要性も説かれて

いるように感じます。

 

詳しくは仰天ニュースを

見ていただくのがいいの

ですが、この美談、どうも

最近あやしい雲行きになって

いるようです。

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アイチャとフィリスの友情にひびが?
17年期を迎え壊れる友情?

 

美談で終わらしたかった

のですが、この記事を書く

にあたって海外の記事を

みてるととんでもない記事が

ありました。

壊れる友情?

この記事によると

「私はロドリゲス夫人がもはや同じ人

ではないという気持ちを持っています」

 

とコメントしています。

「彼女は変わった。彼女はスピーチ

を準備することについてもっと話を

する。メディアがそこにあるときは、

そこにいなくても違いはある」

 

ちょっと翻訳機能ままなので

日本語怪しい部分もありますが

どうもメディアに向けての

発信の仕方に不快感を感じて

いるように見受けられます。

 

「彼女は私をパッケージのように

扱いました」

 

「時には彼女は私の耳に囁いている:

「笑顔、私たちは星だ」「私は彼女

に言う:「私は星ではない、私は世界

で最も不幸な女性だ」

 

これが本当なら美談の

象徴としてふるまう

フィリス婦人に明らかな

不快感を示している事に

なります。

 

やはり、息子のザカリアス容疑者が

終身刑に服している事が気がかりで

仕方なく、パッケージとして一緒に

活動することに反発しているの

でしょうか?

 

方やこの世をさり、方や社会から

さった息子たちの母親。

 

この記事が本当なら許しって

なんなんでしょうかね?

永続的な許しの難しさが

浮彫になってしまったようにも

感じました。

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まとめ

20番目のテロリストの母親

アイチャ・エルワフィは

モロッコ出身でフランス在住。

 

若くして結婚し、DV被害など

にも悩まされてきた。

 

職業は裁縫工場やフランステレコム

で働いていた。

 

被害者の母親、フィリス・ロドリゲス

の詳しい経歴は不明。

 

2人の友情物語は多くの感動を

与えたが、最近、二人の友情に

亀裂が入り始めているという

情報もある。

 

一時の美談って後々ひずみが

大きくなることもあると感じます。

 

もっとも、上記の報道が真実で

あれば・・・ですが。

 

以上最後までご覧いただき

ありがとうございました!

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