こんちは!管理人のハバネロです!

さて下重暁子さんてご存知でしょうか?

 

爆報フライデーに出演されるベストセラー作家

の方なのですが、この下重さんが人生最大

の衝撃を受けた人物についても語られる

そうです。

 

その人物とは『最後の瞽女(ごぜ)』と言われた

盲目の老女、小林ハルさんの事のようです。

 

彼女の経歴や下重さんとの関係や

どういった経緯で衝撃をうけたのか?

などについて調べてみたのですが。。。。

かなり壮絶な人生送られています

 

管理人も衝撃をうけそうです。

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下重暁子が衝撃を受けた盲目の老婆『最後の瞽女(ごぜ)』
小林ハルの経歴は?wikiを簡潔にまとめてみた

 

さすが御年105歳で生きた女性。

wiki見たら長い事長い事(;^ω^)

 

それでも一世紀にわたる道の

ほんの少ししか記されてないの

ですが、さらに要点をまとめてみたいとおもいます。

 

下重暁子が衝撃を受けた盲目の老婆『最後の瞽女(ごぜ)』
小林ハルの誕生~少女期

 

1900年(明治33年)1月24日、

新潟県南蒲原郡井栗村三貫地

(現在の三条市三貫地新田

に4人兄弟の末子として誕生

 

裕福な農家の元にうまれたのですが

生後3か月で白内障を患い盲目となる。

 

僅か2歳の時に父親が死去

母は病弱で喘息持ちであった為

大叔父に育てられる。

 

明治時代、いわゆる障害者は偏見の的

であり、小林ハルさんも同じく

村人から隠すように育てられた。

 

家族から疎まれながら育つ。

時には家族から『満足なごはんなんて

食べさせていられないがその為に

病気になったら近所の手前が悪い』

と言われた事さえもあった。

 

占い師に見せると長生きするといわれ

生計を立てるために三味線を習わせる

ようになる。

 

三味線の稽古をする前に

一人前にいろいろできるようにと

母親から厳しくしつけられる。

 

この事はハルを思っての母心であった

と推測される。

 

最初の三味線の師匠は樋口フジという人物。

21年間の奉公と引き換えの弟子入りであったが

色々と辛酸をなめるような生活が続く。

 

ちゃんと教えて貰えず、棒などでたたかれ

たりもしたようです。

 

この事もあり、ハル自身は自分に弟子が

できた時は優しくしようと決意したとある。

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小林ハル13歳頃~2番目の師匠のもとへ

 

樋口フジのところで一人前の瞽女となるが

死傷と折り合い悪く、巡業から外される

日々となる。

 

時には、実家で狩猟をするので

鳥の祟りで声が出ないといまで

罵られたりしたそうです。

 

巡業から外されやむなく大叔父の

元へ戻り占い師に見てもらうと

樋口フジとは縁がないので引き取った

ほうが良いといわれ、樋口フジとの

師弟関係を解消。

 

本来払われる縁切り金はハルの姉弟子の

配慮で樋口フジから暇を出す形となり

支払われずに済む。

 

その後、ハツジサワという別の瞽女の弟子となる

この女性はハルの事を気に入っており、いじめる

事もなかったそうです。

 

但し、サワに弟子入りしたのを耳にした

樋口フジは縁切り金を要求。

結果、三味線一本におちついたそうです。

 

よく深いですね(;’∀’)

 

その後、順風満帆に言ったわけでもなく

ハルの姉弟子にあたるサヨという瞽女に

局部をつかれ、子供を産めない身体に

されたりと想像を絶する人生をおくります。

 

この事はサワの耳にも入り医者にもいった

のですが、真相を話すことはなかった

そうです。

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3人目の師匠、酒井ツルの弟子に。、ハツジサワの死去

 

ハツジサワが病死した事により師匠関係は解消。

当時の師弟システムは師匠が死去すれば

姉弟子の弟子になるのだが、当時ハツジサワに

弟子はおらず、長岡の組織(三味線の組織)を

出ることになった。

 

そして妹弟子を自分の弟子として迎え

自分は以前より交流のある酒井ツルの弟子となる

 

妹弟子に対しては樋口フジを反面教師に

すると誓った事もあり、優しくせっした

そうです。

 

ツルからも一人前と認められ、ツルなしでの

巡業もするようになる。

 

ツルが巡業にでなくなっても稼ぎをツルの

家に入れていたのだが、ツルと一緒にすむ

嫁に若い瞽女が家に泊まるのは好ましくない

といわれ、(若い瞽女とはハルの弟子)

ハルだけで届けるように言うのだが、

 

ハルは盲目であり一人ではで歩けない。

そこでツル側からとりに来てもらうように

進言するのだが聞き入れてもらえず

泣く泣く、師弟関係を解消することに

なる。

 

但し、二人の関係が悪化したわけでは

なく、ツルが病気になった時は見舞金

を送っていたそうです。

 

そしていったん実家にもどり長岡で新たに

長谷川スギという瞽女と巡業するようになります。

 

この時、ハルの内弟子であった子は様々な

理由でいなくなってしまいます。

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小林ハルの地獄、ひも男に搾取される日々

 

ここら辺もかなりヤバい内容になります。

上記の内弟子の一人ミスが按摩師の男と結婚

するという話になり、その弟子を養女に

する形で(つまりハルが義母)3人で一緒に

住むことを提案。

 

しかしその按摩師がすでに既婚で

妻がハルの家を占拠してしまいます。

 

仕方なく高瀬温泉に居を移すことに

なるのですがここでもハルはこの男に

こき使われてしまいます。

 

稼ぎを男に渡し続けてましたが定期的

に高瀬温泉に戻る事を条件に

長岡へ帰ることに。

 

長岡では実家にはかえらず、天理教の

教会へ身を寄せ、天理教の信者であった

身障者の瞽女の面倒を見つつ巡業を

して日銭を稼いでいたそうです。

 

太平洋戦争、実家との決別

 

時は流れ1945年の太平洋戦争がおこります。

終戦となり、食料も思うように行き届かない

日々がつづきますが、ハルは懸命にいきて

ました。

 

天理教の教会に身を寄せていたハルですが

申し訳ない気持ちでいっぱいになり実家へ

戻る事にします。

 

しかし実家は当時皮膚病を患っていた

ハルを嫌がり、寝具や食器の貸与も

渋る冷遇を敷きます。

 

これに心を痛めたハルは

二度と実家には帰らないと決めたそうです。

その後は例のひも男のいる高瀬温泉へ

身を寄せ、湯沢温泉でも湯治をしたことも

あり、皮膚病は治ったそうです。

 

温泉すげえ。

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瞽女の廃業、老人ホーム入居

 

例のひも男からはなかなか逃れらない日々が

続いたそうです。

 

ひも男がキミという名の少女を三味線の修業に

と連れてきてしまい、その少女もハルに

なついていたそうです。

 

その少女は虐待されており、哀れに思った

ハルは少女を自分の弟子にするように頼む

のですが、それは過去の搾取の日々を

もう一度過ごすことを意味していました。

 

稼いでは吸い取られる日々、逃げようにも

キミが置いていかないでと泣く。

 

どうしようもない生き地獄です。

 

周りから見れば、なぜあの人はそこまで

するのだろう?と歯がゆくおもったほど

でしょう。

 

これはハルの幼少期のトラウマである

目の見えない自分が悪いという心の

枷によるものではないかと言われています。

 

そして7年間の搾取される生活も

ひも男が病になる事をきっかけに

縁を切る事に成功します。ちなみに

上記の少女キミはハルの養女となります。

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知人のつて1960年にで出湯温泉に身を寄せる

ようになりますが、当時テレビが普及して

おり、瞽女の稼ぎは激減します。

 

これ以降は主な収入は按摩をして生計を

建てていたそうです。

 

そして更なる不幸がおこります。

 

養女となったキミも女性となり

婿を迎えます。そして子供をなすの

ですがその子供が障害を持って生まれて

しまいます。

 

婿はどこからか『瞽女がいるからそんな

子供が生まれるのだ』などと吹聴を耳にして

ハルに強く当たるように。

 

やがてキミもそれに同調してしまいます。

それでも信じていたハルに信じられない

言葉が聞こえます。

 

2人の子供、つまりハルの孫がこういったのです。

 

「目がみえなくて火もいじれない人は、
働けるだけ働かして、養老院に入れればいい
……って父ちゃんたちが言ってたよ」

 

あまりにもひどい話ですよね。

搾取される日々と引き換えに守った

キミに裏切られた瞬間です。

 

その後、キミ夫婦とは別れ

一人養老院へと行く事になります。

 

そしてその養護老人ホームにて

一度はやめていた瞽女としての活動を再開

1978年に無形文化財『瞽女唄』の保持者と

認定されます。

 

晩年は体調を一時崩し入院することもあったが

不屈の精神で回復。

105歳で老衰死で大往生されました。

 

・・・・・まとまらなかった(;^ω^)

下重暁子さんが書籍にしてるので

更に詳しい事を知りたい方は

一読されるといいと思います。

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下重暁子の小林ハルの書籍は?瞽女とは?

 

こちらがその本、

鋼の女とかいて【はがねのひと】

と読みます。

 

やはり下重さんからみても

忍耐力の強さなどが異常に

うつったのではないでしょうか?

 

コメントにはこんなのもありました。

「私には腑に落ちない。みすみす苦労をすることが分かりながら、なぜハルさんは高瀬に行くのか。……養母という形をとったからといって、ミスの家に厄介にならねばならぬとは限らない。あまりに律儀すぎる。ひどい師匠でも我慢したのと同じく、弟子のためなら犠牲になる」

 

これは例のひも男とのことですね

自身に対する耐性(心身の痛み)

を揶揄して『鋼』としたのでしょうか?

 

それは本書をご覧になれば

わかりますので一度手に取ってみては

いかがでしょうか?

 

瞽女とは?いったいなに?

 

なんでこれが最後になったのかは

わからないんですが瞽女について

ちょっと説明します。

 

ごぜと読みます。まずかけない(;^ω^)

これを調べてみると盲目の女性芸人の

ことらしいです。

 

由来は『めくら御前』という敬称から

来たんだそうです。

 

知らない単語がひとつわかりましたね。

新潟県には長岡瞽女(ごぜ)と高田瞽女(ごぜ)

があったそうで、ハルは長岡の流れを

組んでいるという事ですね。

 

今現在はその文化的な歌を継承して

いる人がいるそうです。

 

おそらくは目はみてらっしゃると

おもいますが。。。

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まとめ

 

下重暁子が人生で衝撃をうけた

盲目の老婆は新潟の三味線を

弾き語る盲目の芸者

 

最後の瞽女(ごぜ)

の小林ハルさん。

 

105歳で死去されていますが

継承してその伝統芸は引き継がれて

いるようです。

 

下重暁子さんが記した本の

タイトルにあるような

正に『鋼』でないと耐えられない

ような壮絶な人生を送られた方。

 

自分は不幸だ。。。と気安くいえない

重みを感じますね。

 

最後までご覧いただき

ありがとうございました!