こんちは!管理人のハバネロです。

第十雄洋丸事件はご存知でしょうか?

 

既に40年以上たってる

日本でトップクラスの海難事故。

 

11月15日(そういやボジョレー

解禁日ですね)

 

の【アンビリバボー】で放送される

ようです。

 

一体どんな事件だったのでしょうか?

事件のあらましなどをしらべて

みました。

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アンビリバボー!第十雄洋丸事件とは?


出典:https://www.pa.ktr.mlit.go.jp

 

1974年の11月9日に

おきた日本での歴史的な

海難事故。

 

巨大タンカー同士の衝突により

爆発炎上してしまいます。

 

サウジアラビアから京阪港へ向けて

運航中の日本船籍の船、【第十雄洋丸】

はLPガスやナパーム弾の爆発物に

使用されたりする可燃物質【ナフサ】

などを積んでいました。

 

そこへリベリア船籍の船、【パシフィ

ックアレス】が正面から突っ込む形

で事故は起こります。

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第十雄洋丸事件はなぜ起こったのか?

 

これは互いに自分の航路が優先である

と判断していた為、回避行動が遅れて

しまった事が原因。

 

というのも、第十雄洋丸は海上交通

安全法【航路優先の原則】に

のっとり運航。

 

対するパシフィックアレス側も

航路外(航路出口付近で微妙な位置

ではあった)での海上衝突予防法

に基づくスターボード艇優先の

原則を主張しています。

 

このスターボード艇優先の原則とは

二隻の帆船が互いに接近し、衝突するおそれがあり、二隻の帆船の風を受ける舷が異なるとき、左舷に風を受ける帆船は、右舷に風を受ける帆船の進路を避けなければならないとする原則である

とされており、元々は帆船などで

風向きによって進行方向変更が

有利な船舶が道を譲るというもの

であったが動力船でも適応される。

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衝突した第十雄洋丸とパシフィックアレスの牽引!
パシフィックアレス生存者はどうやって火から逃れた?

 

海上保安庁は事故後、水先艇【オリオン1号】

と共に救助活動を開始。

 

消防船【ひりゆう】【しようりゆう】

で消火活動にあたるのですが

 

相手は5万トンを超える燃料を

積んでいる船舶の海上火災。

 

正に焼け石に水状態でした。

続々と応援の消防艇も到着

するが火の勢いはおとろえない

ばかりか、航行不能になった

両線は横須賀港の方向へ流されて

いきます。

 

このままでは市内に被害が及ぶ

事も視野にはいり、まずは火勢がおとろ

えるのを待ってから二船の引きはなし

にかかります。

 

しかし、当時の海保には

大型タンカーをけん引できる

船舶はなく、民間への依頼となり

ます。

 

深田サルベージ建設からタグボート

【大安丸】の助けを借りて

パシフィックアレスを第十雄洋丸

から引き離すことに成功して

現場より10kmはなれた位置

迄曳航。

 

続いてまだ燃え続けている第十雄洋丸

千葉県宮津沖の浅瀬に座礁させ

潮で流れるのを阻止します。

 

パシフィックアレス側で

28名の死亡

1名の生存者。

 

第十雄洋丸側で5名の

犠牲者が発見されています。

 

ここでどうやって生存できたか

気になったので調べてみたら

どうやらその方は

タンカーのビルジウェル

で火災をやり過ごしたとの事。

 

ビルジウェルとは

船につけられている

燃料に混ざった水のをためる

タンクの事。

 

ちょっと詳しくは解らなかった

のですがタンカーともなると

人が入れるほどの大きさだった

のかもしれません。

 

しかし火災で密閉空間に

閉じ込められて生きていた

というのは奇跡的だと

おもいますね。

 

話をタンカーに戻します。

 

浅瀬で燃料を燃やしつくす

予定でしたが環境汚染による

漁業への影響を不安に思う

地元漁師の反発にあい、

 

再びさらに沖合の海上までけん引

することになってしまいます。

 

しかしその途中で第十雄洋丸に

残っていた燃料が再爆発を起こし

けん引ロープを切ってしまいます。

 

その為に海上で黒潮にのって

燃え盛る第十雄洋丸は再び

漂流を始めてしまいます。

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自衛隊による第十雄洋丸魚雷、砲撃処理!

 

海保から自衛隊に処分の依頼を打診して

5艇の護衛艦・潜水艦が出動。

 

まずは5インチ砲による射撃を

2回、燃料を燃やし尽くす為と

浮力を奪う為におこなわれました。

 

その後127mmロケット弾12発と

対潜爆弾16発を投下。

 

それぞれ9発ずつ命中。

 

命中精度に難があったようですが

はじめての実践投入だったそうです。

 

そして本命の潜水艦【なるしお】

による魚雷攻撃が始まります。

 

4本中3本が命中するも一本は

艦底を貫通して効果が薄かったとも

伝えられています。

 

それでも沈没にならず、

その後さらに艦砲射撃をおこない

ようやく撃沈。

 

事故発生から20日たっての

事です。

 

それまで一時鎮火していた

とはいえ50000トンの

燃料の燃焼力と大型タンカーの

丈夫さには驚きますね。

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第十雄洋丸とパシフィックアレスの事故の顛末は?

 

こちらは端的に言うとパシフィックアレスの

不当航路妨害となっています。

 

しかしながら、第十雄洋丸側も

水先艇との距離が詰まりすぎていた

事、水先艇と共に【パシフィックアレス】

を視認できていた事などが理由となり

 

パシフィックアレスとの衝突を

回避する努力を怠ったとして

船長への免状効力を一か月停止

の判断がくだされています。

 

まとめ

 

日本の海難事故史上にのこる

事件は1974年におこった

第十雄洋丸とパシフィックアレス

の大型タンカー衝突事件。

 

燃料認可して大規模海上火災と

なった。

 

犠牲者も多数でており

最後は船体を爆雷処理されて

いる。

以上最後までご覧いただき

ありがとうございました!