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こんちは!管理人のハバネロです。

 

遂に平成最後の年になる

2019年が始まりましたね。

 

新元号は実に31年ぶりになる

わけですがかつて朝日新聞で

起きた不祥事『光文事件』

ってご存知でしょうか?

 

ちょっと管理人は名前くらいしってる

レベルだったの改めてしらべてみました。

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新元号誤報!光文事件とは?

 

こちらは大正から昭和に元号がかわる

時に起きた誤報事件。

 

朝日新聞社の記者である緒方竹虎氏が

明治から大正に切り替わる際の元号を

スクープして大反響を得た事により

 

当然、大正から昭和にかけての記事も

各社血眼になって取材していました。

 

東京日日新聞社(毎日新聞)が新元号を

『光文』と誤報してしまいそれに追従

して新聞数社も『光文』と発表した

 

大誤報事件の事です。

 

いやはや、元号ってかなりセンシティブ

なネタである反面、やはり人々の関心を

得やすい。

 

どの会社もすっぱ抜きたかったんでしょうね。

 

ちなみに最初に『昭和』の報道をしたのは

時事新報。

 

宮内省発表が11時であったが、その一時間前

の午前10時に速報で発表していた。

 

あっぱれですね(笑)

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平成新元号スクープの裏!スクープした記者は?

 

平成の新元号の時も同じく各社が

こぞって裏を取り合っていたそうです。

 

特に毎日は汚名おそそぐ気満々で

躍起になっていた。

 

そしてついに改元発表前に新元号の

ネタを入手したのですが、スクープ第一報

にはしなかったんだそうです。

 

当然編集内部で、このネタをスクープ

にするか大もめにもめたんだそう。

 

それもそのはず、ここで誤報なら

後がない社運を賭けた決定になりえる

からです。

 

当時の責任者は橋本達明デスク

仮野忠男キャップら。

 

どうにか裏を取るように苦心したが

政府に元号が漏れている事を知られれば

差し替えられる可能性を懸念してそれも

できずに刻々と時は過ぎていきます。

 

結局午後二時半過ぎに閣議をおえた

官僚から裏が取れた(この時すでに

漏らしてもいいという段階だったと

おもわれる)がその数分後には

公式発表となっている。

 

この時気になるのがやはりスクープを

とった記者。

 

社内報でも名前すら明かされていない

影のヒーローがいるのですが、情報はなかった

です。

 

なぜ功績をのこした人の名前がのこって

いないかはジャーナリストとしての

生命線である信用にかかわってくるから

だと推測されますね。

 

政府内部の動向についての情報源として

一番有力なのはやはり政府内部の人、

もしくはかなり近しい人物(知人や家族)

等からの情報供給でしょう。

 

政を司る機関の者が、外部に情報をもらす

事自体、かなりのスクープと言えそうですが

情報源を断つことほど新聞各社にとって

マイナスな事はありません。

 

以上の事から、情報源と報道機関としての

信用を守る為にスクープした人物も

秘匿されているんだとおもいます。

 

と言っても情報ってどこかしらで

漏れる(笑)。

 

赤ちょうちんで『あの時のスクープ、

実は俺がやったんだ』と言ってる

人がいたら、もしかしたら本人かも

しれませんね(笑)

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光文事件は実は政府に差し替えられた可能性はあるの?

 

wikiを読んでいてちょいと差し替えの事が書かれていた。

 

1926年(大正15年)12月25日午前1時25分に大正天皇が48歳で崩御したが、東京日日新聞(現在の毎日新聞)が崩御直後に発行した「聖上崩御」号外で「元號は『光文』 樞密院に御諮詢」、及び同日午前4時に発行した朝刊最終版(市内版)において「元號制定 『光文』と決定―樞府會議で」の見出しで、新しい元号として「光文」「大治」「弘文」等の諸案から「光文」が選定されたと報道したwikiより引用

 

これを見ると、大正天皇が崩御して

からわずか2時間半で報道がされている

ということ。

 

輪転機自体は今と性能が違うとしても

一時間で数万枚くらいならすれると

思うのでものすごいスピードで報道が

されているのがわかります。

 

つまりかなり早い段階で政府としても

すっぱ抜かれたことを知る事になった

訳です。

 

となるとすり替えも容易になるのでは?

と思いますよね。

 

wikiを見ても

 

当時の宮内省が情報が漏洩したことに腹を立て、内定した「光文」から「昭和」に急遽変更したという説がある。このことは猪瀬直樹著の『天皇の影法師』で触れられている。

1956年(昭和31年)9月17日、NHK総合テレビのクイズ番組『私の秘密』に出演した中島利一郎(元宮内省臨時帝室編修局編修官補)が、「大正天皇崩御の際、次代の年号は私の選んだ『光文』と決まりましたが、事前に新聞に発表されたため、『昭和』になりました」と証言している。

 

とある。つまり差し替えを示唆してる

お話がまことしやかに伝えられている

わけです。

 

宮内省が腹をたてとあるのはちょっと

どうかと思いますけど(笑)

 

管理人としては、本来漏れるべきで

ない情報が洩れることのほうがまずい

って事じゃないかなとおもいますね。

 

もしかしたら毎日新聞が平成を

早い段階でスクープしていたら

平成と言う年号はなかったかも

いれないですね。

 

ところで、新元号って何故漏れるとまずいのか?

別にいいのでは?とおもった(調べた後すみませんって

感じになりました反省してます)のでこちらの記事も

気になった方はどうぞ。

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まとめ

 

光文事件は毎日新聞がやらかした歴史的な

誤報事件。

 

平成新元号スクールした記者は不明。

情報源を守る為に秘匿されていると

思われる。

 

新元号が漏れるとまずい理由もぜひ。

 

以上最後までご覧いただき

ありがとうございました。

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