村上一枝の経歴は?78歳元歯科医師の日本人女性が超高収入を捨て、マリ共和国でカラ・西アフリカ農村自立協力会設立の理由は?
http://www.ndu.ac.jp/message/011/index.html
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こんちは!管理人のハバネロです!

世界ナゼそこに?日本人の時間ですねー。

 

毎度毎度、なかなか日本にいてては

知らない偉人を紹介してくれるので

大変好きな番組です。

 

この番組で紹介される人をネットで

調べるのが結構面白い。

 

という訳で今回の人物は

日本での数千万円の高収入生活を捨て、アフリカへたった一人で渡った女性。テロリストも潜む危険なマリ共和国で、村人たちに慕われ愛されている彼女は、78歳とは思えない明るい肝っ玉キャラ。慕われるワケは、この国を変える程の彼女の偉業にあった! 果たしてその偉業とは? そして高収入を捨てマリへ来た驚きの理由とは?

という内容の人物。

年収数千万を捨てて一人アフリカで

偉業を成し遂げた人物のようですね。

 

この方のお名前は村上一枝さん。

一体なぜ年収数千万をすてて西アフリカで

農村自立の為の運動をしているのか?

 

ちょいと調べてみた。

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村上一枝のwiki風プロフィールや経歴は?78歳のマリ共和国で慕われる日本人女性!

http://www.ndu.ac.jp/message/011/index.html

  • 名前:村上一枝
  • 生年月日:1940年月日不詳
  • 年齢:78歳(2019年時)
  • 出身地:北海道
  • 学歴:日本歯科大学東京校卒
  • 職歴:歯科医師・カラ(西アフリカ農村自立協力会)会長
  • 賞歴:2013年毎日地球未来賞・2001年医療功労賞

 

村上一枝は北海道出身、戦前生まれですね

日本歯科大学へ入学されている事からも

わかる通り、大変聡明な方なのだと

おもいます。

 

当時、大学進学する、それも歯科大学と

もなるとエリート。ご実家も裕福だったのでは?

と推測されますが定かではありません。

 

現在の歯科医は数も増えて乱立している

印象を受けますが当時はまだその数は少な

かったので相当な年収になっていたでしょうね。

 

因みにざっくりとですが1980年代前半と

現在の歯科診療所の数は倍だそうです。

 

そんな村上さんがなぜ仕事を捨て

マリ共和国で支援活動をされているの

でしょうか?

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村上一枝が年収数千万の超高収入を捨てマリ共和国で支援をする理由とは?

世界ナゼそこに日本人で紹介される

『偉業』こそ、この独立支援運動だと

おもいます。

 

大変すばらしい功績なのですが、そも

なぜ彼女が遥か遠くの西の果てへ

支援活動をすることになったのか?

 

その理由について調べてみました。

 

村上さんが歯科医を開業していた頃

サハラ砂漠への観光旅行へ行く機会があり

その時にマリへ立ち寄ったそうです。

 

そこには日本とは全く違った世界が

広がっていました。

 

日本なら衛生管理も行き届き、医療技術も

しっかりとあるので治るはずの病気が

マリでは死に至る病に。

 

沢山の人たちが死の運命を受け入れて

いたのです。

 

中には幼子を無くした親もおり、『神様が

迎えに来たから仕方がない』とあきらめている

声も聞こえて来ました。その様子が心に響いて

いたのです。

 

そうして旅行を続けているとユニセフの活動を

目にする機会があり、そこで医師が予防接種を

打っている姿を見かけます。

 

村上さんはこの時、『こうした活動なら

個人でもできなくはない』とおもうようになり、

日本に帰国後、なんと自分の診療所を後輩に譲り

家屋は売り払って単身マリへ移住したのです。

1989年の9月の出来事です。

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マリ共和国へ移住、NGO活動を経てカラ(CARA)『西アフリカ農村自立協力会』設立

マリへ移住して最初の一年間は日本のNGO

のサハラ砂漠の緑化活動にボランティアとして

従事。

 

緑化事業や病気の予防などの仕事に関わり

ながら自分がやりたい事とできる事、

現地の人との差異ををよく考えていた

そうです。

 

そうしてやるべきことを明確化した後に

ボランティアを辞め首都のバコマで新たな

活動を始めます。

 

ローカルNGOで村の設備や識字教育係の

育成などを始めていたメディナ村へ活動拠点を

移し、そこで医療分野の調査などをまず

始めたそうです。

 

そこで聞き込みなどを丁寧に行い保険衛生の

改善を開始。

 

女性には縫物を教え、収入が得れるように

指導もします。学校の健康診断なども行い

2年ほど個人ボランティアの活動の後に

1992年にマリ共和国保険医療を支援する会

を設立。

 

2002年にはNPO法人格を取得して

『カラ(西アフリカ農村自立協力会)』へと

名称変更します。

 

今までにしてきた活動は

医療環境の改善・病気の予防・助産師の育成

産院や診療所の建設、縫物や染め物などの

女性の生活改善の為の技術の指導。

 

識字教育や学校建設などその活動は多岐に

及びます。学校も20校以上作ってきたとの事

大変すばらしいですね。

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カラ(CARA)西アフリカ農村自立協力会)の活動とは?NPO法人解散の理由とは?

ここですこしカラの活動について

まとめてみたいと思います。

 

NPO法人として活動していた同団体

ですが、現在は解散しています。

 

本会は、沙漠化と疾病・貧困に苦しむ

西アフリカの農村地域において住民と

ともに農村自立活動をおこない

【西アフリカの農村住民が健康で未来への希望の持てる自立的生活を主体的に構築すること】

 

に協力することを目的とする。

目的の為に次の事業を行う。

(1) 西アフリカにおける次の協力活動の実施
・ 水資源の確保
・ 保健衛生知識普及と病気予防
・ 教育の普及
・ 女性の生活改善
・ 環境保全
・ 所得の向上
・ その他、農村自立に寄与する活動
(2) 前項の為の調査、企画、評価活動等
(3) 機関紙等による広報活動、啓発活動
(4) その他、本会の目的を達成するために必要な活動

引用元:カラHP

との事で、あくまでも支援であって

助けすぎない事も重要と考えている

そうです。

 

自立して後は現地の人々に任せるスタンス。

依存させない支援って逆に難しいのですが

徐々に成果が出ているとの事。

 

しかしながら、カラの活動も順風満帆とは

行かない事情があります。

 

近年のイスラム過激派などによる武装勢力

の台頭による日本政府の渡航自粛などの為

活動が制限されNPO法人としては活動が

困難と判断。

 

2017年3月にNPO法人としてのカラは

解散して現在は任意団体としての活動を

おこなっているそうです。

 

なかなか難しい判断ですよね。国としても

邦人を危険地域に行く事を推奨することは

出来ません。

 

今後も任意団体として活動を行っていく

という事なので応援していきたいと思います。

まとめ

ナゼそこに日本人で紹介される

数千万の年収を捨ててマリ共和国で偉業を

成し遂げた78歳の日本人女性は井上一枝さん。

 

元歯科医師で、自身の財産をなげうって

マリ共和国で農村の独立支援を行っている。

 

NPO法人を立ち上げたりしていたが

イスラム過激派などの影響により

法人は解散。

 

任意団体として継続活動中。

以上最後までご覧いただき

ありがとうございました!

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